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いかがです? お客様。

「幼い娘が、一年に一度帰ってくる父親を待つという甘い香り。けなげに待ち続ける心は、実に気高くコクがあります。
しかし、気づいてしまった真実が、その風味を一変させて、最後に舌に残るのは青臭い苦味……

ひとの記憶ほど贅沢な嗜好品は、ございません。

どんな小さなエピソードにも、そのひとだけの心の秘密が、溶け込んでいますからね」

マスターは、私に入れた珈琲と同じものを味わいながら、とくとくと語っている。

私は黙って聞きながら、口に広がる独特の苦味をかみしめた。

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◆​第三章◆

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