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「人様の記憶を味わうなんて、確かにこの上ない贅沢です。しかし、マスター。この珈琲は、いったい誰の記憶です?」

私の問いに、若い店主はきょとんと首を傾げた。

「誰のって……お飲みになってわかりませんか?」

私は、空になったカップをカウンターに置いた。

「わかりますよ。だから不思議なのです。この珈琲は、その少女の心そのもの。でも、これは、彼女の記憶ではありませんよね?」

マスターは眉根を寄せて、しばらく私の顔を見つめていた。

考えてもみない反応だったのだろう。

やがて、しぼんでいく風船のように、長く細い溜息をついた。

「どうやら、お気に召さなかったようですね。お客様にぴったりの珈琲だと思ったのですが……」

「いえいえ、そうじゃありません」

私はいささか大げさに手を振った。

「十分満足しているのです。私は毎年、この一杯を飲みにきているのですから。ただ、知りたいのです」

まだ口に残る苦さを舌で転がしながら、私は尋ねた。

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