マスターは細めた目で、天井からぶら下がる数多の珈琲豆ボックスを見つめていた。
「おしゃることはよくわかりませんが、違いますよ。私はお客様のことを理解するどころか、まったく理解できないのです。
思い出を捨てる場所をずっと探し続けて、ようやく当店にたどり着いたというのに、みなさん、いざとなると売ってくださらない。
あの少女もそうでした。
いったい、なぜなのです?
忘れたいのに忘れたくない、そんな矛盾をなぜ抱えるのでしょう」
彼は私に向き直った。
そして、手に入らない宝物を追う子どものような目でみつめ、私に聞くのだ。
「お客様、記憶とは、そんなに尊いものなのですか?」